12/16「大沢晴美さんによるフランス料理に関する講演会」の報告

当協会は、2023年12月16日、大沢晴美さんを講師に招き、講演会を開きました。彼女は、500人以上の日本人料理人をフランスに留学させるなど、日本におけるフランス料理の普及に、そして、食における日仏交流に、大いに貢献してきました。

大沢さんは、その活動がフランス政府により高く評価され、食の分野で日本人女性として初めてフランス国家最高勲章(レジオン・ドヌール)を受章しています。私たちは、講演会開催のために宣伝チラシを自由が丘周辺のフランス・レストランなどに配ってまわりましたが、チラシを受け取った人のほとんどがすでに大沢さんを知っていました。
 大沢さんは講演会の冒頭、次のように発言して、私たちを驚かせました。
 「日本はフランスが認める唯一の『食文化大国』です。」「フランス人シェフたちの日本に対するあこがれは、かつての日本人料理人が片道切符を握りしめてフランスへと旅立った1970-80年代を彷彿させます。」
 フランス料理を学ぼうとフランスにまで行き苦闘する日本人シェフの話は、「天皇の料理番」(杉森久英著)などで私たちの知るところです。ところが、フランス人シェフが、世界に冠たる中華料理をさしおいて、日本料理に魅了されている、そして、フランスが日本だけを自国とおなじく食文化を重視する国と見なしている、というのです。昔は刺身が「ナマのサカナ」とゲテモノ料理のように気味悪がれたものですが、大沢さんによると、今はそんなことはなく、オードブルの定番になっているそうです。食における日本とフランスの関係は、日本の片思いから相思相愛へと知らないうちに変化していたのです。
 かかる現状報告につづき、大沢さんはフランス料理の歴史について概説しました。私たちのような普通の者がフランス料理を食べることができるようになったのは、フランス革命以降のことだそうだ。それまでは、細分化された職業に上納金を科す代わりに排他的独占権を認めるギルドによって、注文に応じて料理を供する職業は禁じられていました。フランス料理を供することができたのは王侯貴族だけでした。

フランス革命により、ギルドが廃止され、王族と貴族が消滅に向かうと、その失職したお抱え料理人は、街でレストランを開業しました。そして、「万人は平等である」という革命思想に基づき、美味しい料理を公衆に提供したのです。フランスのレストランの始まりです。
 大沢さんの話を聴いていると、これまでに味わったことのない美味しい料理を食べているかのような楽しい気分になりました。彼女はこのように、次にはフランスのレストラン文化について、さらにはフランスの食戦略について、最後はコロナの影響について、1時間あまり語り、講演会を終えました。

フランスのレストランには平等思想という背骨が通っていることを学びました。フランスでは今でも、どんなレストランでも、提供する料理と価格を店頭に貼りだしているそうです。この約束を守ればお客は平等だということです。「一見さんお断り」も「店に言われた金額をそのまま支払う」こともないのです。日本とは違いますね。
 この背骨は、「誰にでも開かれた街、自由が丘」を実践するうえで重要だと思いました。この印象をもって講演会の報告としたいと思います。

大沢晴美さんのプロフィールはこちらをご参照ください。

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